DJをしていてラッキーだった事。

 僕がまだ日本で大学生になりたての頃。

 校舎が横浜だったため、新しくできた友達と、学校帰りによく横浜駅周辺をふらふらしていたものだ。

 

 普段は2〜3人でふらついていたのだが、その日は同じ学部の友人達7人くらいで集まっていた。

 当時からDJを趣味でやっていたので、友人と会っている時でも隙をみつけては、レコードショップに立ち寄り音を掘っていた僕。

レコード袋
(画像はイメージ)

 レコードショップから友人達の待つ合流場所に戻り少し歩いていると、7人の中でもちょっと目立つ格好していた友人2人に、少し年上っぽい見知らぬ2人組が声をかけてきた。

 

 声をかけてきた、と言えば普通に聞こえるが、

「お前ら、どこのもん?」

 単にからまれたのだ。(苦笑)

 

 2人組の1人は細身でスケーターっぽい格好、一般的にはちょっとしたストリート系のお洒落さん風だったが、もう1人がとにかく大迫力なお見た目! (笑)

 身長185センチ以上はあるだろうか? 金髪にオールバック、筋肉質な体格が、白いダウンジャケットの上からでも見て覗える。

 まさに、

”いかつい”

 という言葉がぴったり。

 

 少々下にずらしたサングラスから覗きこんでくるように威嚇しながら、我々7人をゆっくり、静かに見回してきた。

「普通の大学生です」

 と、最初に声をかけられた友人の1人が答えた。

(ふ〜ん・・・・)

 と、そのサングラスは1人1人値踏みするように再び見てくる。

 普通の大学生の僕らは、直立硬直。

 何せ、実質1人で7人に余裕でからんでくるのだから、どれだけ自信と迫力あるかご想像頂きたい。

 

 サングラスが僕の前に来て、動きを止めた。

(は? 僕っすか?)

 まじで、怖い。

 彼は視線を僕の右手の袋に落として、

「何? お前DJやってるの?」

 目立つ友人が、

「はい、こいつDJやってて、めっちゃうまいんですよ!」

 と誉めてくれた。

「オレさ、DJ好きなんだよね〜・・・。だからお前だけあっちいってていいよ」

 僕だけ好意的に開放されましたとさ。

(DJやっててよかった〜!)

 と思った一つの笑い話。

 

>> 他の友人達はどうなったって?

 目立つ格好の2人は、つけていたピアス、バンダナ、アクセサリー等を没収され、残りの(いわゆる大学生っぽい)友人達は特にお咎めなしでした。

 

 


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DJ toMU : 吐夢

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 1998年渡米、一路ニューヨークへ。ヒップホップ、ロック、ジャズファンク等多種多様なバンドのターンテーブリストとして本格的な音楽活動を開始。

 The Black Eyed Peas、Omar、Julian Marley等著名アーティストのオープニングアクトを経験。ソロとしては、2005年DMCニューヨーク大会にて、日本人としては初の準優勝を果たす。

 日本帰国後、久保田利伸のアルバム「For Real?」(SMEより2006年リリース)にスクラッチで2曲参加。

 2008年、OHGA Bandの主要メンバーとして参加したバンドバトル、Redbull SOUNDCLASH Japanにて、初代チャンピオンになる。

 2011年よりシンガポールに移住。

 2013年、Audio-Technica シンガポール大使に就任。

 ユニバーサルスタジオシンガポール(USS)の年越しカウントダウンイベントにて2年連続でオオトリを務める等、現役で活動しながら、日系としては唯一のDJスクール、Show Ning DJ Schoolの代表取締役に就任。

 2016年、シンガポール経営大学公式DJ部の主任顧問インストラクターに就任。

 ニューヨーク市立大学ハンターカレッジ卒。

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